イギリス・レスターに移住して約9年。1日4時間だけ自分の強みと好きな仕事に集中する「好き4」というライフスタイルを実践しながら、少数のクライアントの事業共創(プロデュース)を行っている井元りゅうたろうです。
前回の記事では、かつて大手総合商社で数千億円規模の国家プロジェクトを動かしてきた受講生・わかちゃんが、思考スピードと身体感覚の時差を埋め、人生の物足りなさを突破するまでのセッションの記録をお届けしました。
今回はその続編です。
世の中に溢れる「王道マーケティング」の型をことごとく拒絶し、起きている時間の8割を発信の苦痛に費やし、Webマーケティングを諦めて「口コミや紹介だけで細々と繋がっていこう」と発信そのものを手放しかけていた彼女が、なぜいま、最も先進的な「発信のオートメーション化」という仕組みを動かしているのか。
教科書通りの型に人を当てはめるのではなく、本人の美学と熱量を守り抜くプロデュースの現場で、一体何が起きていたのかを記録として残しておきます。
1. 世の「王道マーケティング」への違和感と窒息
商社を退職後、生まれて初めての国内市場向け、生まれて初めてのB to Cビジネスに挑戦すると決めたわかちゃんは、持ち前の行動力で即座に自己投資を重ねました。
起業塾、ブランディング塾、ビジネスコンサル、コンテンツプロデューサー。「知識とは頭の中に蓄えるものではなく、自分の中で確かめて初めて知恵になる」という探求精神から、言われたことはすべて泥臭く実践したといいます。
Canvaで画像を作り、リール動画を回し、参考になる競合の投稿を研究し、毎日投稿を続ける。
しかし、そこで教えられた「王道のノウハウ」のすべてが、彼女の美学と真っ向から衝突することになりました。
「起業塾もブランディング塾も、結局は『競合他社を徹底的に研究し、自分だけの唯一無二のポジションを取りに行け』と言うのが本質でした。
ビジネスコンサルやコンテンツプロデューサーはPASONAの法則を勧め、アンチテーゼを謳わないと人はサービスの価値を理解できないと説き、口を揃えて『女性の自律を応援する』コンテンツがいいとアドバイスをくれました。
だけど私は、まだ問題として認識されていない問題を、さも解決しなければならないように仕立て上げ、課題を露出させて改善を迫るやり方は気が進みませんでした。人にはそれぞれのタイミングやペースがあります。そのタイミングが来たときに必要な情報と出会うのがお互いの喜びだと思うからです。
それに、良し悪しという二元論で語ることにも気持ち悪さを覚えました。二元で語れるものなど何一つないことを、世界を旅して身体で知っているからです」
——わかちゃんのノートより
- 「改善を迫る圧力をかけるのではなく、そのタイミングにいる人と自然に出会いたい(圧迫は醜い)」
- 「他のサービスと比較して優位性を競うことに面白さを感じない(どんぐりの背比べ)」
- 「『損したくない』という人間の恐怖や欠乏を刺激する手法は、洗練されていない(ダサい)」
世のコンサルタントやマーケターが言う理屈は頭では理解できる。人間の脳は省エネのために規格内のものを好むからこそ、テンプレに沿った設計が「正解」とされるのもわかる。
けれど、自分の美学としてはどうしても許容できない。
「正論の型」を押し付けられ、既存のレールに無理やり身体を押し込もうとするほど、彼女のエネルギーは急速に削ぎ落とされていきました。
2. 「煽らなくても、届く層はいる」——萎縮した身体がゆるんだ日
多くの起業塾やコンサルタントから「そんな甘い考えではビジネスにならない」「反論や煽りがないと人は動かない」と見放され、孤立感を深めていたある日のセッションで、僕が口にした言葉がありました。
「パイは少ないかもしれないけれど、改善を煽らなくても、反応する層はちゃんといますよ」
その瞬間、画面の向こうで彼女の表情が一気に緩んだのを覚えています。
「きゅーっと萎縮していた体が、一気にゆるみました。『そうなんだ、良かった、ホッとした』と。パイが少なくても構わない。繋がるまでに時間がかかっても構わない。私はそっちの方が心が安心するんです」
——わかちゃんのノートより
プロデューサーとしての僕の判断は明確でした。
世の中に溢れる「煽り型・不安喚起型」のコピーライティングは、確かに大衆を短期間で動かすには効率的です。しかし、その手法で集まるのは「誰かに依存して問題を解決してもらいたい層」であり、結果として主宰者が疲弊する場(更生施設)になってしまいます。
わかちゃんが目指しているのは、安売りのお世話係ではありません。35万〜50万円という価格帯で、知的な探求者たちが対等に集い、人生の視座を共に広げていくリトリート空間です。
そこに必要なのは、不安の煽りではなく「知性の共鳴」です。母数は少なく見えても、世の軽薄なマーケティングにうんざりしている本物志向の顧客層は確実に存在します。彼女の美学を曲げてまで大衆の型に迎合する必要は、1ミリもありませんでした。
3. AIと文章の泥沼格闘——「小学生向け」で魂が抜けた日
「煽らない」と決めたからといって、発信がすぐに軌道に乗ったわけではありません。むしろ、そこから本当の格闘が始まりました。
例えば「こんまり(近藤麻理恵)さん」の活動を分析したときのことです。こんまりさんは「人生がときめく片づけの魔法」という、誰もが日常で触れる身近な切り口を通じて、その奥にある「損得勘定を捨て、自分の素の声に耳を傾ける」という極めて深い本質を伝えています。
「洗練されている人ほど、奥深い本質を平易に伝えている」
そう気づいたわかちゃんは、「抽象度を下げて、具体でわかりやすく書く」という練習を始めました。生成AIを使い、「小学6年生にも伝わるように」と指示を出してみたのです。
しかし、画面に出力されたのは、どこかで見たような当たり障りのない、思わずしょんぼりしてしまうような抜け殻の文章でした。
言葉をわかりやすくしようとすればするほど、彼女が本来持っている独特の知性、旅の風景、身体感覚といった「原液の熱」が濾過されて消えてしまう。
僕がプロンプトを設計し、彼女らしい語り口を活かそうと何度もチューニングを重ねました。それでも、出力された文章を前にして、彼女は頭を抱えます。
「何度もやり直すんだけど、どうもしっくり来ない。
『実は私には、伝えたいことなんてないんじゃないか?』
『自分の何らかの思い込みが障壁になっているのか?』
『人が気にするような悩みが自分には気にならないから、掴みが書けないのか?』
『やっぱり、世の中のコンサルが言うように、改善を迫ったりアンチテーゼを謳う手法じゃないと、発信しても埋もれてしまうのかなぁ……』」——わかちゃんのノートより
起きている時間の8割を「発信と集客の悩み」に奪われ、本来一番大切にしたいクリエイティブな探求に手がつかない。
発信代行の業者を調べてみても、月額数千円の機械的な投稿代行か、あるいは世界観ごと外部に丸投げする数百万円のパッケージばかり。
「誰かに丸投げしたいわけじゃない。自分の手で確かめたい。だけど、自分に備わっていない才能を補い合い、一緒にプロジェクトを創ってくれるパートナーがほしい」
八方塞がりになった彼女は、「もうWebマーケティングで広げるのは自分には無理だ。これからは無理に発信せず、口コミや紹介だけでゆっくり繋がっていこう」と腹を括り、ネットでの発信活動そのものを手放そうとしていました。
4. 発信を手放しかけていた彼女への、突然の提案
彼女がWebでの発信を諦め、静かにフェードアウトしようとしていたまさにそのタイミングで、僕はチャットである提案を投げました。
「わかちゃん、発信のオートメーション化、やってみる?」
発信の苦痛に疲れ果て、「もう発信はやめます」と手放しかけていたクライアントに、あえて「最新の自動化システムを組みましょう」と提案する。一見すると逆効果に見えるかもしれませんが、僕には明確な勝算がありました。
彼女が苦しんでいたのは「発信する熱量がないから」ではなく、「世の型(PASONAや大衆向け文章)に自分の言葉を無理やり押し込もうとして、前頭前野のエネルギーをすり減らしていたから」です。
彼女の思考は、放っておけばどこまでも深く、マニアックで、面白い。それならば、彼女がやるべきなのは「ウケるSNS投稿を毎日ウンウン唸って手書きすること」ではありません。
彼女の生々しい思考メモや音声ログから「熱の原液」だけを吸い上げ、それを彼女専用に調律されたAIとパイプラインが、美学を損なわずに自動で発信フォーマットへと変換・配信していく。
人間がやるべき「一次情報の抽出」と、機械がやるべき「流通の構造化」を完全に切り分けること。これこそが、彼女を救う唯一の活路でした。
「うまくいくかどうかは、やってみないとわかりません。市場という相手のあることですから。だけど、面白いじゃないですか。なんだか、未来の仕事のやり方みたいで、かっこいいじゃないですか。
もし明日死ぬとしたら、これやらないと後悔する。やらずに後悔するより、やって後悔する方を選んでしまう。
はい、きた。『好奇心 > 不安』」
——わかちゃんのノートより
こうして、世のマーケティングの型を拒絶し尽くした彼女と僕の、「発信オートメーション化」という共犯プロジェクトが幕を開けました。
5. 「熱」のない自動化はゴミになる——型を捨てたプロデュースの結論
世間一般で言われる「SNSの自動化」や「AI活用」は、大抵の場合、ひんやりとした無機質な印象を持たれます。
「楽をして稼ぐためのツール」「コピペの大量生産」「誰が書いても同じ量産型コンテンツ」。
しかし、僕たちが構築したオートメーション化は、それらとは思想の根底が真逆です。
「昔は、オートメーション化というと、ひんやりした機械ちっくな印象を持っていたけれど、井元さんのオートメーション化はそうではないと知っています。
その人固有の『熱』がないと、いくらオートメーション化しても、人には伝わらないという井元さんの根幹の考え方があるように感じます。伝わらないものをつくって『はい、どうぞ』と渡したところで、何の面白味もないと思っているのではないでしょうか。
トレンドに合わせるやり方や教科書通りの王道のやり方を拒絶し続ける私のこだわりに、マニアックに付き合ってくれる物好きな人はそうそういません(笑)」
——わかちゃんのノートより
どれほど精緻なパイプラインを組んでも、流し込む「原液」に熱がなければ、出来上がるのはただの無機質なゴミです。
逆に言えば、本人の身体感覚、葛藤、旅の記憶、美学という「強烈な熱(一次情報)」さえあれば、テクノロジーはその熱を1ミリも薄めることなく、必要な人に届けるための最強の味方になります。
プロデュースとは、あらかじめ用意された成功の型にクライアントを押し込むことではありません。
世の中の「正解」とされる型に違和感を抱き、既存の枠組みからこぼれ落ちそうになっているその人の美学やこだわりを、誰よりも面白がり、その人専用の勝ち筋へと昇華させること。
型を捨て、常識を疑い、その人の原液にどこまでも付き合い続ける。
それこそが、僕が実践しているプロデュースのすべてです。
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